名古屋市港区の土古町
一般には「どんこ」と呼ばれているが、本来は「どんご」が正式名称であるそうな
江戸時代、荒子川に沿って出来た砂州が盛り上がり小高い丘状になっていたため土古山と呼ばれていた
後に開墾し田畑を作り、土古山新田と名付けられた
その土古町と東土古町の間にある泰明町に名古屋競馬場がある
地域名の由来からか土古(どんこ)競馬場の愛称としても呼び親しまれている
1948(昭23)年1月:名古屋競馬倶楽部(民法上の組合)が市内港区土古町地内の土地を
名古屋市土古地区区画整理組合から借り受け工事に着手するが
同年7月:競馬法が施工され民営競馬が禁止されたことに伴い工事が中止となる
同年10月:新たに競馬主催者となった愛知県は
指定を受けた名古屋市との間で中断している名古屋競馬場の建設完成を合意しこの事業を共同処理する機関として
1949(昭24)年4月:名古屋競馬場管理組合を設立し名古屋競馬倶楽部から諸般の権利等を継承し
農水省の承認を得て引き続き着工する
同年5月:名古屋競馬場が竣工される
敷地面積:約21万9,000平方m、幅員:23m、一周:1,100m、右廻りダート
同年6月:第1回県営名古屋競馬が開催される
<昭和39年度・愛知県七市町村競馬組合主催・連勝単式勝馬投票券>
1986(昭61)年4月:名古屋競馬場管理組合を改組し愛知県競馬組合に名称変更される
(愛知県、名古屋市、豊明市による一部事務組合の設立)
愛知県名古屋市港区泰明町
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